おわりに
ここまで来るのに二年の月日を擁した。博物館というテーマと実物に関わってから丸二年が経過したことになるが、関われば関わるほど興味が尽きない空間である。はじめに博物館、そして学芸員という存在を知ったのは実は大学に入ってからだったが、上級生の話から非常に興味をそそられた。そのとき初めてスミソニアン博物館の存在を知ったのである。
話が前後するが、個人としての博物館体験で記憶に強く残っているのはアメリカ在住中の五年間で何度も足をはこんだスミソニアン博物館群の存在である。その中でもひときわ国立自然史博物館の入口にあるアフリカゾウの存在は大き(注五六)かった。このゾウのいる博物館と、日本での地元になる海老名市国分寺国分尼寺後に隣接した温故館は幼いときからよく足を運んだ場所である。こうして考えると、幼いときからそこを博物館とは知らずに経験していることになるが、それが直接的に今の博物館に関係する道を選んだ要因になったかどうかは不明である。
私にとって博物館とは「何となく好き」な空間に他ならない。そこで勉強をするとか何かを積極的に観察し、知ることの喜びを感じたという記憶はあまりない。どちらかといえばなんでもない空間としての博物館といった方がピッタリ来る表現である。ただし、実際になんでもない空間というわけではない。そこには絵画をはじめゾウの剥製や恐竜の骨格標本、他の民族文化や、科学技術の発達といったこの世のありとあらゆる面に関わったものが待ち受けている場所であり空間なのである。
博物館の展示がさまざまなモノを展示し、いろいろなコトを伝える役割を果たしていることは知っていたが、それよりもむしろ何でもないように入口に置かれたアフリカゾウの方が私の記憶中枢に残り、今回のテーマにつながったともいえる。
この論文を書くに至るまで、さまざまな出来事があった。家族をはじめ、二年間共に同じ空間で生活することになった友人にも感謝を捧げたい。各博物館の学芸員の方をはじめとするさまざまな人に支えられてこの論文は完成したのだと思う。一人一人のお名前はあげられないが、この感謝の気持はずっと忘れないようにしたい。そして最後に、一度挫折した私の論文を激励してくださった大西教授に心からのお礼を述べる次第である。
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