第二節 通過儀礼とは何か
通過儀礼
まずは通過儀礼について、『日本民俗事典(注五十)』から見てみたい。
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通過儀礼ceremonie passage〔仏〕、rite of
passage〔英〕。
フランスの学者ジュネップが、場所・状態・社会的地位・年齢などの変化に伴う儀礼に対し初めて名づけた。人生上の重要な時期(誕生・成年・結婚・厄年・死亡)に行われる宗教儀礼である。人類学者の説くところによると、従来の状態からの「離脱」、社会的には何らの地位も与えられないままの「中間状況」、新しい社会的地位への「結合」、の三種類の儀礼が段階的に行われるのが特徴で、若者の成年式が好例である。通過儀礼は、本人が儀礼本体として行事をするだけではなく、同時に他者をも対象とする。たとえば誕生は一家の私事にとどまらず、当人が所属する集団全体の関心事であり、村にとっては、共同体員の新たな増加を意味する。生まれ出ずる子への衣類・産室・授乳・産着を与えること、あるいは嫁が実家で初子を産む習慣などは、子供の所属・親族組織・婚姻制と関連する。七五三・ヘコ祝い・ヒモトオシ・元服・鉄漿つけなどの儀礼は成年式の要素であるとともに、子供組・若者組・娘組への加入儀礼と関係している。死の儀礼は、死者よりも遺族への泰さである。また、宗教団体・芸能集団にも独自の通過儀礼があり、入信・授戒・試業・伝授などがこれに相当し、現代では学校の行事も通過儀礼としての性格をもっている。
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以上『日本民俗辞典』から「通過儀礼」の項目全文を引用してみたが、ここでは通過儀礼とは、人生儀礼と同一視されていることが読んで取れる。そもそも通過儀礼といったとき、誰しも思い浮かべるのはやはりまず成人式であり結婚式であり、そして葬式であろう。これかは人が生きて行くうえで避けることの出来ない儀式であり、その儀式にのっとって見ていった場合、「通過」と訳されているが経過と訳しても良いのではないだろうか。しかし注目して行きたいのは、最初に書かれた文である。場所の移行も通過儀礼の概念に含まれているのであるならば、博物館の入口に通過儀礼という言葉を使用しても間違いとは言い切れない可能性が出てきた。
そもそも博物館の入口を通過儀礼装置として仮定したのは、博物館の中が一般空間とは区別され、そしてそこへと入る際に何らかの意識の転換のようなもの要求されるのではないかという発想から、文化への通過儀礼という概念をもって解釈することも可能ではないかと考えたからである。しかしその後、通過儀礼について調べて行くうちに、通過儀礼とは現在主に人生儀礼のことを指し、それ以外の特殊なものに関しては、独断と偏見によって使用されているように思えてきたのである。そこで、通過儀礼の名付け親であり、原点でもあるジェネップの『(注五一)通過儀礼』を読んだところ、次のような定義によって通過儀礼は成り立っているということが判明した。
「ある(宇宙的または社会的)状態から他のものへ、ある世界から他の世界への通過に伴うあらゆる儀礼次第」を「通過儀礼」とし、この「通過の重要性を考えれば通過儀礼を一つの特定の範疇として取り上げる」ことができ、それらは「分離儀礼(Rites
de separation)」、「移行儀礼(Rites de marge)」、「合体儀礼(Rites
de d'agregation)」に分けることができるのである。そしてこれらの各通過儀礼はさらに図式化され、「理論的には前ミリネール期(preliminaire
分離)、リミネール期(liminaires 移行)、後リミネール期(postliminaire
合体)」の三段階に分けることができる。(「実際にはこの三つが同等の重要性を持ち、同じ程度に発達しているということはないのである。」)
しかしジュネップは「誕生、イニシエーション、結婚などの儀礼は、すべてただ通過儀礼である」と主張しているわけでは決してなく、なぜならば、「これらの儀式は総合的な目標、すなわち、ある呪術―宗教的な、もしくは世俗的な社会から、他のものへの通過、或いは状態の変化を保証するということに加えて、おのおの独立した目的を持っている」からであるとしている。(例えば、結婚の儀式は豊穣の儀礼を含み、誕生の儀式は保護と予言の儀礼を含み、葬式は防衛の儀礼を、イニシエーションは贖罪の儀礼を含み、聖職叙任式は神々に身を捧げる儀礼を含んでいる)「ある特定、かつ現在的な目的を持つこれらのすべての儀礼は、通過儀礼と並列、もしくは結合して生じ、時にはあまりにも密接にからみあっているので、ある特定の細部の儀礼が、保護的なものであるのか、分離的であるのかを見分けることができないこともある」のである。
つまり、この『通過儀礼』で意図されているのは、「儀礼の細部ではなく、それらの本質的な意味、そしてそれらが一連の儀式群の中でしめる位置、すなわち儀式次第」なのである。「ある特定の目的を達するための一時的、もしくは決定的な分離、移行、合体の諸儀礼が、互いにどのような関係の位置を持っているかを示す」ため、さまざまな儀礼を取り扱い、「常に一つの類型的な次第、すなわち通過儀礼の図式」が見いだされたのである。そして普遍的な「移行期間」の存在を指摘し、一種の自律性をもった期間として解釈することで「複雑な儀礼の説明はずっと簡単なものになり、またそれらの次第の存在理由が理解できるようになる」としている。さらに三つ目に「各種の社会的状況のあいだの通過と具体的通過、例えば村や家へ入ること、ある部屋から別の部屋へ移ること、道や広場のあいだの通過などを同一視することができる」という点を指摘しているのである。
博物館と通過儀礼
これらのいくつかの通過儀礼としての要因を挙げていったとき、博物館の入口を当てはめて考えるならば、通過儀礼の三段階の変化移行は博物館の入口そのものにも当てはまるのではないかと考える。つまりリミネール期である「移行」こそがまさに入口を指し示しているものであり、来館者はこの入口を通過することによって博物館と結合(後リミネール期)し、それまでの日常世界とは一旦切り離された(前ミリネール期)分離状況に置かれるわけである。そしてここからが博物館の入口がまた同時に出口であることを証明しているのでもあるが、博物館を出て日常世界へ戻って行くとき、まったく逆の流れで博物館空間と出口を通過することで来館者は来館者から通行人に変化を遂げ、博物館とは切り離されるのである。
こうして考えると博物館とは常に来館者に日常からの切り離しと博物館への結合を促し、博物館を出る際にはまた今度は博物館から切り離すと同時に日常正解の住人に戻るために出口によって通過儀礼を経るのである。
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通過儀礼の図式は、人生のある段階から別の段階へ、ある社会的状況から他のものへと移る際に、それを容易にし、条件づけ、またはそれにともなう儀礼群の基盤にあらわれるばかりでなく、一般社会全体、特殊社会、または個人の利益をはかるための、いくつかの独立した体系のなかにも見られるのである。そしてこのようにして、我々はこれらすべての儀式体系のなかに、そのいくつかの形態に関してではなく、骨組みそれ自体についての並行現象を見いだすことがで(注五二)きる。 |
「並行現象」という言葉では少々意味がとりにくいが、「形態のみでなく構造にまで類似点が見出さ(注五三)れる」と言い換えられれば、解釈はさらに容易になる。つまり博物館の入口に見出される通過儀礼性は、博物館に限らず他の類似施設にも当てはまる図式であるというのである。
ここまで「通過儀礼」について、ジュネップの要約から見てきたが、次に、より具体的に博物館の入口における通過儀礼性の有無を見ていくとともに、最初にあげた「はたして博物館入口は『通過儀礼』」装置と呼ぶことができるのか」に対する応えを導き出してみたい。
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