第4章 はたして博物館入口は「通過儀礼」装置と呼ぶことができるのか?
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第一節 通過儀礼と博物館入口

 これまで博物館の入口ははたして「通過儀礼」装置と呼ぶことができるのかという大きな問題を掲げた上で、その問いに答えて行くため第一章では博物館とは何かという基本に立ち返り、博物館のイメージからまずは博物館とはなんであるか見ていった。次に第二章では、博物館のイメージを作り上げた原因の一つとして、博物館の建物の正面性からイメージを作り上げたものがなんであるかを見ていくことは出来ないものかと考え、博物館の建物を映した写真資料をもとに、日米の博物館を比較しつつ見ていった。そして博物館のイメージ比較から、博物館とは文化を担う施設としての重要性が見えてきたものの、アメリカでは博物館は浅い歴史を支え、多文化多民族で成り立つアメリカ社会を支える文化そのものとして、重要な役割を担っている一方、日本において博物館はまだまだ文化としての博物館資料を入れるハコとしての認識が払拭し切れておらず、文化を担う中心的存在となるまでにはこれからの日本社会における地位の確立からはじめなければならないといった差を明らかにすることができた。
 第三章では博物館の入口とは博物館にとってなんであるかという問いかけから発展し、博物館の入口内部の特徴ある博物館事例を取り上げつつ、入口からみた博物館という視点から博物館とは何かを問い直す結果となった。そこで博物館の入口とはなにかという答えには、さまざまなしかけを持ち、来館者に博物館体験のはじまりとして入口はまさに「知の入口」になりえる重要な存在であるという結論に達した。
 この「博物館とは何か」、「入口とは何か」という問いかけによって、大きな問いかけである「はたして博物館の入口は『通過儀礼』装置と呼ぶことができるのか」についての結論を出しやすくなったかと思う。では最後の問いかけとして「通過儀礼」についてみて行きたい。


→第2節「」
文章作成2002年7月9日
HP作成2003年1月6日 
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