第四節 結び 文化を担う博物館
博物館とは何か?
これまで第一章で博物館の定義とイメージ、そして第二章では実際の博物館の建物の外観から、博物館とは何かを見てきた。そしてどうしてこれほどまで日本と海外(アメリカ)ではイメージに差が出てきているのかを、百の博物館外観写真から見てきた。すると浮き彫りになってきたのは、日米両国の博物館に対するそもそもの考え方の違いと、計画段階から運営状況の違いからくる博物館の存在意義である。
アメリカの博物館は歴史としてはそう古いわけではないが、しかし唯一最初からパブリックのための博物館を作った国である。多人種を抱えるアメリカ合衆国にとっては、人類の歴史はアメリカ国民の歴史であり、博物館はさまざまな文化性を持つ子どもにアメリカの歴史と文化を教えるのにうってつけの施設だったのかもしれない。アメリカにこども博物館が非常に多く存在している事実もアメリカ社会にとって博物館とは何かを考えていく上での視点となるように思う。宗教すら同一のものを持たない多民族多宗教国家であるアメリカ合衆国にとって、博物館とは教会に変る人々の文化の拠り所として作り上げられた舞台装置なのではないだろうか。
一方、日本の博物館を見ていくと、近代の幕開けとともに欧米諸国と肩を並べるために作られた張りぼてのような博物館の印象がまだ抜け切っていない。ハコである博物館建築と中身の展示を中心とした博物館運営とのギャップが、そのまま外観だけを取り繕ったものの、肝心の中身がないために結局用途不明の建物として曖昧さに包まれた施設が出来上がってしまっている。つまり、博物館を作るのは作る側の記念碑的な事業の一つとみなされ、作ったらあとは昔を懐かしむための懐古装置としての役割を担ってしまっている観がある。長期的視野からはっきりと将来性のある有益な施設として認められたわけではなく、その将来性に期待だけを一方的に背負わされ、ゆとり教育を謳い文句にした学校教育との連携を急遽押し付けられた形になってしまっているのである。
欧米の博物館事例を引き合いに出し、過剰な可能性と期待ばかりが高まった中で、日本の博物館は現状をただ否定されることが多くように見受けられる。そこには博物館がどのようにして各国の社会や文化のなかで根付き、人の意識の中に浸透していったかという事実は簡単に無視され、海外の博物館は素晴らしい、日本の博物館はつまらないといった単純化した二元論がまかり通ることになってしまった。こういった博物館をとりまく諸要素を無視し、日本の博物館をもっと欧米並みにしようといった論議は非常に危険極まりない発想である。
海外の博物館が今日のように発達した背景には、民主主義の発達と深い関係があると述べたのは、『美術館の誕生』の著者であるが、欧米と日本の博物館の違いは「運営者と利用者の双方が『デモクラシーの有難さを理解しているかいないかの差』ではないか」と指摘している。
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欧米の近代化は欧米人が自らのデモクラシーを選び取ったことによって達成され、現在見るような公共施設としての博物館・美術館は、そのデモクラシーの歴史の中でこそ生まれ得たものなのだ。しかし、その歴史を共有せず、特に、国民自らが自分の意思で民主政治を選ぶという経験なしに民主国家になってしまった日本の博物館や美術館が、目に見えない部分で、欧米の博物館や美術館と大きく異なっていたとしても、それは、むしろ当然のことといえるかもしれない。精神を伴わない博物館や美術館は、ただの建物、器に過ぎないのである。 |
「宝物庫」としての役割から突如さまざまな希望だけ求められた日本の博物館は、「べき」論ばかりが先行してしまい、いまやビックリ箱と化してしまいかねない状況である。
文化としての博物館
以前、「博物館は日本文化ではない」と否定されたことがある。博物館が持つコレクション等の資料は日本文化と呼べるものであるのに、それを内包している博物館そのものが文化とは呼べないことに納得がいかなかった。しかし今回日本の博物館がただの入れ物(ハコ)と呼ばれ、中身のないままに年月だけを過ごしてきた背景を鑑みると、博物館は文化ではないのではなく、自分たちで文化にし損ねた存在なのではないかと考えられるのではないだろうか。
欧米諸国において博物館とは常に国の歴史とともにその性質を変化させつつ歩んできた。「美術館は民主主義の産婆役」(『ミイラにダンスを踊らせて』白水社)とまでいわせしめる博物館美術館は、日本においては民主主義を取り上げることもなく、常に文化的価値をもった資料を入れる「宝物庫」であり続けてしまっていたようである。歴史や社会の流れの中から隔離された場所で、日本の博物館は自ら積極的に社会(人々)と関わっていこうとはしなかった博物館が、ようやく重い腰をあげ始めたのはここ十年ほどのことである。
アメリカの博物館が自らを「文化」であるという誇りすらもっているのには、拠り所としての「博物館」という存在が何よりもアメリカ社会にとって不可欠なものであったからだと
この節のはじめの方で述べた。では日本人にとって文化の拠り所となるのは、別に博物館ではなくてもなにも問題はない。国としての尊厳をアピールするためにも利用される博物館が、日本ではもっと別の、寺社仏閣をはじめとする歴史的建造物等で充分賄ってしまうのである。穿った見方をしてしまえば、遺跡跡地に建設されることの多い日本の博物館では、その主役はあくまで遺跡なのであり、それを博物館ごときに奪われ、遺跡以上に目立ってしまってはならないと言う見方すらあるのではないだろうか。そこではもはや博物館の存在は付属物でしかない。
博物館が文化の主役のひとりに抜擢されるためには、博物館でしか体験できないというオリジナル性を持たなければならないが、日本ではまだ現在模索中ということになってしまう。その努力の成果は展示をはじめとする中身を一つの「博物館」という入れ物が内包する空間として考えるようになってきた。そこで次は博物館の中身の一つである「入口」内部について、来館者たちがどのような場所を通って博物館には入って行くのかを見ていくと同時に、現代の博物館がどのように変っていこうとしているのかという流れを掴んでいければと考える。
日米博物館をまず外観から比べることで、双方の国において博物館が一体どのようなポジションにあるのかを見ていった。もし文化を円形で表すことが出来るのであれば、アメリカの博物館はその中心にあり、そして日本では円の境界線上にあるのではないかというひとつの結論が導き出されるのではないかと思う。そこに海外では多くの人が博物館に訪れ楽しい体験をしてくるにもかかわらず、日本国内では「つまらない」等といった批判が多く寄せられる原因があるのかどうかの因果関係までは突き止める術が今のところないが、しかしすくなくとも日本の博物館ではこうした批判が相次ぐ中でも確実に博物館に訪れる人は増えているという事例もある。しかし反面、博物館を評価する基準が間違いなく来館者数のみに偏っていることもあり、ここに博物館の来館者数が増えても「つまらない」的なイメージが払拭しきれない原因があると思われる。不本意ながら、日本において文化の中心を担う博物館としての地位を獲得するのは、まだまだ先のことであると言わざるを得ない。
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